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日本で最初のアイスクリームは、いつ、どこで作られたのでしょうか? 答えは明治2年(1869年)の横浜です。名前は「あいすくりん」。その前には、アメリカへ渡った江戸幕府の使節団が、初めてアイスクリームを口にしたと言われています。日本アイスクリーム協会の「日本のアイスクリームの歴史」をもとに、あいすくりんが生まれるまでと、その後の広がりをたどります。
この記事では、一般社団法人 日本アイスクリーム協会「日本のアイスクリームの歴史 “あいすくりん”の誕生」「アイスクリームの工業化」の日本アイスクリーム協会「アイスの国へようこそ」内「日本のアイスクリームの歴史 “あいすくりん”の誕生」「アイスクリームの工業化」をもとに、日本で最初のアイスクリーム「あいすくりん」について5つのポイントで整理します。後半の、あいすくりんの歴史を知ってアイスを楽しむ方法は、この記事の提案です。
※この記事は、2026年10月時点で一般社団法人 日本アイスクリーム協会「日本のアイスクリームの歴史 “あいすくりん”の誕生」「アイスクリームの工業化」に掲載されている内容をもとにしています。この記事は、一般社団法人 日本アイスクリーム協会のページ「日本のアイスクリームの歴史 “あいすくりん”の誕生」と「アイスクリームの工業化」(2026年10月24日に確認)をもとにしています。ページの中でも「定説」「伝えられています」「一説には」「思われます」と書き分けられている部分があり、この記事でもその書き方に合わせています。
「あいすくりん」とは?
日本最初のアイス
日本アイスクリーム協会によると、明治2年(1869年)に横浜で作られた、日本で最初のアイスクリームが「あいすくりん」です。
作った人
町田房蔵という人が、横浜の馬車道通りで製造販売を始めたと紹介されています。
作り方
氷と塩を使って作られたと書かれています。
材料
牛乳、卵、砂糖で作ったと思われる、とされています。
あいすくりん 5つのポイント
1. 始まりは明治2年
1869年の横浜です。
2. 場所は馬車道通り
横浜の通りの名前です。
3. 町田房蔵が始めた
製造販売を始めました。
4. 氷と塩で冷やした
当時の作り方です。
5. 先に食べたのは使節団
万延元年の渡米です。
5つのポイント早見表
| ポイント | 一般社団法人 日本アイスクリーム協会「日本のアイスクリームの歴史 “あいすくりん”の誕生」「アイスクリームの工業化」の案内 |
|---|---|
| 始まりは明治2年 | 年 |
| 場所は馬車道通り | 場所 |
| 町田房蔵が始めた | 人物 |
| 氷と塩で冷やした | 製法 |
| 先に食べたのは使節団 | 出会い |
日本人が初めて食べたのは使節団
万延元年の使節団
日本で最初にアイスクリームを食べたのは、万延元年に日米修好通商条約の批准のために渡米した、徳川幕府の一行というのが定説になっていると書かれています。
77名の一行
正使は新見豊前守で、77名の使節団が迎えの船ポーハタン号に乗り込みました。
咸臨丸
随伴船は咸臨丸で、勝海舟や福沢諭吉らが乗っていました。咸臨丸はサンフランシスコで使節団と別れて帰国しています。
アイスとの出会い
使節団はパナマを経てワシントンへ向かい、上陸したときの迎えの船フィラデルフィア号で、アイスクリームのもてなしを受けたと紹介されています。
「柳川日記」に残された感想
日記の言葉
従者の柳川当清の「柳川日記」には、「珍しき物あり。氷をいろいろに染め、ものの形を作り、是を出す。味は至って甘く、口中に入るるに忽ち溶けて、まことに美味なり。之をアイスクリンといふ」と書かれていると紹介されています。
色と形
氷をいろいろな色に染め、形を作って出したと書かれています。
口どけ
口に入れるとすぐに溶けた、という驚きが伝わってきます。
呼び名
日記の中では「アイスクリン」と書かれています。
町田房蔵と横浜・馬車道
年月
町田房蔵は、明治2年(1869年)6月(新暦7月)に、横浜の馬車道通りで「あいすくりん」の製造販売を始めたと書かれています。
勝海舟とのつながり
咸臨丸で渡米した勝海舟に私淑して、赤坂氷川町に住まいを構えたと伝えられています。
ほかの仕事
渡米は2回で、アイスクリームのほか、マッチ、石鹸、造船用の鋲などの製造にも関わったと伝えられています。
製法を伝えた人
一説には、出島松造という人が房蔵にアイスクリームの製法を伝えたとも言われています。
鹿鳴館とアイスクリーム
鹿鳴館
明治16年(1883年)に建てられた鹿鳴館は、外国からの客をもてなすための官設の社交場でした。
ロティの記録
明治19年(1886年)11月に来日したフランスの艦長ピエール・ロティは、著書「秋の日本風物」の「江戸の舞踏会」の項に「アイスクリームが用意されていた」と書いています。
もてなしのデザート
当時、アイスクリームは欧米人をもてなすときに欠かせないデザートとして大切にされていたと紹介されています。
フルコース
鹿鳴館の晩餐会は、フルコースのフランス料理に、アイスクリームや洋菓子などのデザートが出されたと書かれています。
レストランやパーラーへ
風月堂など
村上開新堂のあと、風月堂や函館館もメニューにアイスクリームを加えたと書かれています。
資生堂
ソーダファウンテン(現在の資生堂パーラー)では、アイスクリームとアイスクリームソーダの販売が始まりました。
フランス風
資生堂パーラーのアイスクリームは、卵の黄身とレモンの香りのフランス風アイスクリームで、銀座名物になったと紹介されています。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 明治2年(1869年) | 町田房蔵が横浜・馬車道通りで「あいすくりん」の製造販売を始める |
| 明治8年(1875年) | 東京・麹町の村上開新堂がアイスクリームを売り出す |
| 明治16年(1883年) | 鹿鳴館が建てられる |
| 明治19年(1886年) | ピエール・ロティが鹿鳴館のアイスクリームを記録 |
| 明治35年(1902年) | 銀座の資生堂薬局にソーダファウンテンが併設される |
高級品だったアイスクリーム
25銭
当時のアイスクリームは25銭で、庶民には高嶺の花のぜいたく品だったと書かれています。
一杯一銭
一方で、街には「一杯一銭」のアイスクリーム売りがいたことが「東京年中行事」に描かれていると紹介されています。
二つの姿
高級なデザートとしてのアイスと、街で売られる安いアイスの両方があったことがわかります。
その後:大正時代の工業化
工業化の始まり
日本でアイスクリームの工業化が始まったのは大正9年(1920年)、東京・深川の冨士食料品工業(現在の森永乳業グループの冨士乳業)の工場だと紹介されています。アメリカ製のアイスクリームフリーザーを入れて生産を始めました。
極東練乳
大正10年(1921年)には、現在の明治乳業の前身である極東練乳の三島工場でも工業生産が始まり、三越などの高級店で売られていたと書かれています。
3色アイス
大正12年(1923年)に発売された「自助園アイスクリーム」は、チョコレート、ストロベリー、レモンの3色でした。この3色は、今でも3色アイスの基本の色だと紹介されています。
カップアイス
カップ入りアイスクリームは、雪印乳業で昭和10年(1935年)に製造が始まり、その後のカップアイスの先がけになったとされています。
戦後
戦争中はアイスクリームの製造がすべて中止され、戦後はまずアイスキャンデーが復活しました。昭和25年(1950年)ごろまではアイスキャンデーが全盛だったと書かれています。
広告の始まり
アイスクリームの広告は、明治12年の「東京日日新聞」に載った米津風月堂の広告に始まると紹介されています。
「定説」「一説」の読み分け
定説
使節団が日本人で初めてアイスを食べたという話は「定説」と書かれています。
伝えられています
町田房蔵の住まいや仕事の話は「伝えられています」とされています。
一説には
出島松造が製法を伝えた話は「一説には」と紹介されています。
思われます
あいすくりんの材料は「思われます」と書かれていて、はっきりした記録として示されているわけではありません。
あいすくりんの歴史を知ってアイスを楽しむ方法
ここからは、一般社団法人 日本アイスクリーム協会「日本のアイスクリームの歴史 “あいすくりん”の誕生」「アイスクリームの工業化」の案内をもとにした、この記事の提案です。
ここで挙げるのは、日本アイスクリーム協会のページをもとにした楽しみ方の例です。
日記を読む
「柳川日記」の言葉を読みながら、初めてアイスを食べた人の気持ちを想像してみます。
年表を作る
1869年から1902年までのできごとを、家族で年表にしてみます。
材料を見る
牛乳、卵、砂糖という材料を、今のバニラアイスの原材料と比べてみます。
横浜を歩く
横浜に行くときは、馬車道通りを歩きながら当時を想像してみます。
よくある質問
日本で最初のアイスはいつ?
明治2年(1869年)に横浜で作られた「あいすくりん」です。
誰が作った?
町田房蔵が、横浜の馬車道通りで製造販売を始めたと紹介されています。
日本人で最初に食べたのは?
万延元年に渡米した徳川幕府の使節団というのが定説です。
材料は?
牛乳、卵、砂糖で作ったと思われる、とされています。
値段は?
当時のアイスクリームは25銭で、庶民には高嶺の花だったと書かれています。
3色アイスの始まりは?
大正12年(1923年)発売の「自助園アイスクリーム」がチョコレート、ストロベリー、レモンの3色だったと紹介されています。
資生堂パーラーとの関係は?
明治35年(1902年)に資生堂薬局に併設されたソーダファウンテンが、現在の資生堂パーラーです。
あいすくりんから始まった日本のアイスの歴史
日本アイスクリーム協会によると、日本で最初のアイスクリームは、明治2年(1869年)に町田房蔵が横浜・馬車道通りで売り出した「あいすくりん」です。その前には、万延元年の遣米使節団がアイスクリームを味わったのが定説とされています。いつものアイスを食べるときに、少しだけ歴史を思い出してみてください。